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唐長の絵『季風の道』
2015.07.29  季譜の里のこだわり

唐紙の絵『季風の道』。
この絵は、2012年から一年間かけて行ったリニューアルの最後に飾られた。

この絵に対する想いは計り知れない。
単なる旅館の経営者の思いだとすれば、多くの人にとって、
これは読むに値しない内容かも知れない。
しかし、誰の一生からでも一つ位は感じる事があるはず。
もし私が何かを伝える事ができるならこの一枚を使って伝えたい。

まず、この作品は400年の歴史を持つ、
京都唐長の唐紙師であるトトアキヒコさんの作品だ。
この作品には「季風の道」という名前が付けられた。
季節の巡る風の道から来ている。季譜の里に流れる風。

トトさんはこの作品を手掛けた時、
まず最初にある一つの壁を取り除いた。
この作品は左から、
「冬」「春」「夏」「秋」「冬」
と季節を描いている。
普通は「春」から始まるが、
この度の創作は何故かそうはいかなかった。
春から始めると進まない。何かで躓いてしまう。

トトさんはひたすら絵と対話を続ける。
そして、400年間唐紙を見守り続けた先祖の唐紙師達が
それを見守る。

 

依頼され、飾られる場所が既に決まっている絵だ。
多くの人の期待と、それにまつわる責任がトトさんの全身を震わせる。

「誰が春からと決めた!」とトトさんは呟く。

常識に立ち向かう。
世の中の過去、現在、未来、
影響力のあるにんげん達が口々に避難する。
一年は「春」から始まる。
しかし、トトさんは違うと言う。
「冬だ」「冬から始まる」

そしてふと、その方が辻褄があう事に気づく。
始まりはいつも静寂の中、
何もないところから始まる。

そして、春になると、少しづつ芽吹いてくる。
草が。花が。生き物達が目紛しく行動し始める。
そして種は地に潜る。

夏は、青々と茂った山々で動物達が育つ。

そして、実りの秋が来る。
秋は一年の集大成だ。
この一年間の生業が、秋に一度に現れる。
秋によってこの一年が表現されるのだ。

そして、少しづつ、一年が跡形無く、
冬に向かって消えて行く。

ゼロから永遠への物語。

私は思った。まるで波紋のようだ。水面に落ちた一粒の種が、
無限の粒子の集まりである水面を波立たせて消えて行く。

唐に描かれる絵は、普通の絵に比べて抽象度が高い。
水面を眺める絵一つの絵が、
日本の里山の風景にも見えるし、
昔見た公園の風景にも見えるし、
ヨーロッパの田舎の風景にも見える。

絵が殆ど記号化されている為だ。
そして、その記号は長年生き延びて来た記号だ。
だからその記号は、多くの人の記憶を呼び起こす。
その記憶が心を揺さぶる。
無数の記憶の粒が震え始め、心が奪われてゆく。

この記号は文様と呼ばれている。

日本を代表するアートの一つ。
トトアキヒコさんが生んだ唐紙用の版木を使って書いた絵。